このエントリーをはてなブックマークに追加

アンチドーピング〜TUE申請の実際〜

2023年1月、ドーピング検査が実施されたJBBF主催ボディビル大会において、違反者が出たことが通知されました。
パワーリフティングも過去にドーピング違反者を出しており、パワーリフターにとっても決して他人事ではない話題です。
現在、JPA公認の全国大会に参加する場合、ドーピング講習の受講は必須条件です。
その講習を受けた方は「TUE申請」という言葉を聞いたことがあるのではないでしょうか。

今回は私がとある選手から相談を受け、その選手がTUE申請を行い実際に受理されるまでを記録したコラムです。
誰しも体調を崩したり、怪我をしたりします。
自分がTUE申請を行う可能性は0ではありません。
そういった時にこのコラムが参考になれば幸いです。

なお、TUE申請が受理された選手の病状や薬の詳細においては個人情報保護の観点からフェイクを交えて話を進めますので、詳しい方がご覧になった際に整合性が合わない部分もあるかもしれませんがご承知おきください。

目次
1. そもそもTUEとは?
2. 選手からの相談
3. 11のアンチドーピング規則違反
4. スポーツファーマシストの紹介
5. TUE申請書類の準備
6. 郵送
7. 書類提出後
8. 結果送付
9. A選手が申請してみての感想
10. 最後に
11. 参考資料

1.そもそもTUE申請とは?
JADAホームページには以下のように書かれています。


TUEとは、Therapeutic Use Exemptions=「治療使用特例」のことです。
アスリートには適切な治療を受け、自身の健康を守り、スポーツに参加する平等な権利があります。
病気やケガの治療のために、禁止物質や禁止方法を使用せざるを得ない場合には、特例として承認を得た上で使用が可能となります。
承認を得るためには、TUEを取得するための条件を満たす必要があります。
アスリートは、治療目的のために禁止物質・方法を使用する前に、その禁止物質・方法に対してTUE申請を行います。申請されたTUEは、アンチ・ドーピング機関で審査され、付与か却下が決定されます。
TUEが付与された物質・方法については、使用が認められた用量と期間にて使用できます。
TUEが却下された場合、その禁止物質・方法の使用をすることは違反となります。

JADAクリーンスポーツアスリートサイトより

2.選手からの相談
昨年末、とある選手(以下A選手とします)から相談がありました。

「持病で耳の調子が悪くなることが度々あります。今朝、調子が悪く病院へかかったところ薬を出されました。調べたところドーピングに引っかかることがわかったのですが、どうすれば良いでしょうか?」

A選手は、パワーリフティングを始めてまだ間もない若い選手です。
ジャパンクラシックパワーリフティング選手権大会の標準記録を初めて手に入れ、出場を予定していました。
真面目でまっすぐな選手であるため、もし自分がドーピング検査に引っ掛かったら所属ジムに迷惑がかかってしまう…と真剣に相談してくれました。

現在、JADAのHP上では、パワーリフティング競技でTUE申請が必要となるのは、以下の3大会です。

● 全日本男子・女子パワーリフティング選手権大会/全日本サブジュニア・ジュニア・マスターズパワーリフティング選手権大会
● 全日本ベンチプレス選手権大会
● ジャパンクラシックベンチプレス選手権大会

これを見るとクラシックパワーリフティング選手権大会は含まれていません。
しかし、大会要項にはTUE事前申請対象競技会との記載がありました。

A選手には、まずはドクターに相談して、薬の変更が可能であれば変更してもらうことを提案しました。
その上で、薬を変更できず、なおかつその薬を飲まなければ命に関わる場合や健康に重大な影響を及ぼす場合は遡及的TUE申請をした方が良いと伝えました。

TUE申請は原則、治療前に申請する手続きです。
ただし、治療を施さなければ人命にかかわる場合や健康に重大な影響を及ぼす場合は、TUE申請手続きを『禁止物質・方法』を使用した治療後に行うことができます。
これを遡及的TUE申請といいます。

後日A選手からは次の回答がありました。
① 処方箋を持参した薬局で確認したため、ドクターに相談できていない。
② 薬剤師から、1日で代謝できるからそんなに心配しなくてもいいと言われた。

まず、耳が聞こえなくなることはA選手が今後の健康な生活を送るためにも避けなければいけません。
そして、ドーピング禁止薬物であっても1日で代謝されるから心配しなくてもいいと言われたそうですが、スポーツファーマシスト(最新のアンチ・ドーピング規則に関する知識を有する薬剤師)でない薬剤師の方の話を信じていいのか疑問に思いました。

3.11のアンチドーピング規則違反
アンチドーピング違反は、検査で違反物質が見つかることだけではありません。
以下の11の規則違反が定義されています。

(1) 採取した尿や血液に禁止物質が存在すること
(2) 禁止物質・禁止方法の使用または使用を企てること
(3) ドーピング検査を拒否または避けること
(4) ドーピング・コントロールを妨害または妨害しようとすること
 ※ドーピング・コントロールとは、ドーピング検査の一連の流れのことを指します
(5) 居場所情報関連の義務を果たさないこと
 ※あらかじめ指定されたアスリートは、自身の居場所情報を専用のシステムを通して提出、更新する必要があります
(6) 正当な理由なく禁止物質・禁止方法を持っていること
(7) 禁止物質・禁止方法を不正に取引し、入手しようとすること
(8) アスリートに対して禁止物質・禁止方法を使用または使用を企てること
(9) アンチ・ドーピング規則違反を手伝い、促し、共謀し、関与する、または関与を企てること
(10) アンチ・ドーピング規則違反に関与していた人とスポーツの場で関係を持つこと
(11) ドーピングに関する通報者を阻止したり、通報に対して報復すること
 ※報復」とは通報する本人、その家族、友人の身体、精神、経済的利益を脅かす行為

ここから考えるとまず、(2)から使用した時点で違反になりそうです。次に持っているだけで違反になる(6)にも該当する可能性があります。

4.スポーツファーマシストの紹介
まず、病院へ相談した方が良いと思いましたが、診療時間を過ぎていて相談できるのが次の日になるということでした。
そこで私の知り合いである女性のスポーツファーマシストを紹介しました。

この方は自身の公式LINEを持っており、気軽にLINEでサプリメントや薬に関して相談にのってくれます。
SNSをよく利用する世代にはLINEで相談できるという点においてスポーツファーマシストへの相談の敷居が低くなり、私が相談を受けたアスリートを時々紹介させていただいています。

A選手が彼女へ相談すると、少しだけ待ってほしいとの返信があり、次の日の朝に以下の回答がありました。
・薬としては12月上旬から1週間服用しても、3月までには体内に残らない。(確実ではない)
・安心な方法としては、
①今回、代替薬がないので、処方された薬の中で、禁止薬のみ中止して対応する。
②TUE申請を行う。

この返信を踏まえて本人と相談し、今回はTUE申請をすることにしました。
この決断まで処方された薬を飲んでいませんでしたが、病状が悪化する可能性も考え、薬はすぐに摂取しました。

5.TUE申請書類の準備
申請時に必要なものはJADAのHPから入手できます。
HPよりダウンロードページに移行すると、以下のものがダウンロードできます。
(症状や疾患によって多少必要なものは変わってくるようです。)
● TUE申請に必要な書類
● TUE申請書記入例
● TUE申請書 
など

申請前に必要な書類を確認し、自分で用意できるものは印刷をします。申請書には自分で記入する部分とドクターに記入してもらう部分があります。申請書を書いたことがないドクターは記入を渋ることも多いと聞きます。

A選手は、電話で病院へTUE申請をしたい旨を伝え、予約を取りました。その後、記入・発行してほしい必要書類とその記入例を準備してドクターの元を訪れました。やはり最初にドクターへ相談した際には、けげんな顔をされたようです。

最終的にドクターに準備していただいたものは以下のとおりです。
① 医師記入部分のTUE申請書
② 診断書
③ 患部の状態を撮影した写真
④ 聴覚の測定結果の数値

通常申請にはTUE申請書に加え、TUE審査用確認フォーム(TUE審議に係わる補足情報を記載する書類)、医療関連情報(診断所見、検査結果、画像等)が必要となります。
遡及的申請には、これらに加えて緊急治療を証明する医療情報が必要となります。
今回は、遡及的TUE申請ですので、緊急性を証明するために③、④を使用しました。

医師記入分が用意できたらアスリート記入分を作成します。
記入はTUE審査用確認フォーム以外は英語で記入します。

A選手に記入の難しさを聞くと、「基本英語で書かなければいけない部分が大変だったが記入例もあり、インターネットで検索すると英語での書き方も出てくるためそこまで複雑ではなかった。」とのことでした。

6.郵送
必要書類をそろえたら、JADAのTUE委員会へ送付します。
この際、書類のコピーは忘れずにとっておきましょう。

7.書類提出後
TUE申請書類は、3名以上の医師で構成されたTUE委員会で審査されます。
書類に不備があったり、必要な書類が不足している場合はTUE委員会から通知文が郵送され、再提出が必要です。
郵送から約一週間後に通知文が届きました。
内容は、「A選手の疾患では、現在もこの薬を使用していてもおかしくはないが、使用しているか?」というものでした。
今回の薬の使用は短期間であったため、修正せずに再送しました。
使用していた場合は、ドクターに書類を修正してもらう必要がありました。
(アスリート記入部分かドクター記入部分かの修正によって手間は変わってくるかと思います。)

通知文のさわりは以下の通りです。
—————————————————
TUE 申請(No.〇〇)審議に関する通知

標記の件につきまして、2023年2月16日付の申請に対し、次の通りご連絡致します。
当委員会で検討したところ、TUE を付与(認める)方針で審議を進めています。
ただし、審議判定に係る情報に不備があり、審議を継続することができません。
つきましては、以下の内容をご確認のうえ、本通知文受領後速やかに書類の修正、あるいは、現状の内容での審議判定を行うか否かについて必ずご回答ください。
—————————————————

8.結果送付
しばらくして審査判定書が郵送されてきて、無事に申請が通ったことがわかりました。
これでA選手も安心をして大会に挑むことができます。

最終的に申請にかかった期間は以下の通りです。

最初の書類発送:2月14日(JADA受理2月16日)

再提出書類着:2月24日(JADA作成2月22日)

再提出書類発送:2月27日

結果書類着:3月10日(JADA3月7日作成)

最初に郵送してから最後の結果が届くまでの期間は24日間でした。
大会要項にはJADAに30日前必着と記載してありましたが、再提出が必要になるとそれより時間がかかることが想定されます。
通常申請の場合は、できる限り早めに提出したほうがいいでしょう。

審査判定書にはおもに以下の内容が記載されていました。
・TUE委員会の構成員3名の氏名
・申請競技者の情報 【氏名、申請番号】
・物質と使用経路【使用量、投与頻度、使用期間など】
・TUE委員会の判定【付与または却下、今回は付与】
・判定期日【7th/Mar/2023】
・付与失効期日【Retroactive approval for emergency】(緊急の遡及的申請であるため失効日としての記載はなし)
・TUE委員会委員長の氏名と署名

9.A選手が申請してみての感想
● 私は以前から病院にかかることが人よりも多く、処方される薬も多くあります。
そのため、スマートフォンにドーピング禁止薬物かどうかを判別できるアプリを入れて、普段から調べるようにしています。
その結果、今回処方された薬がドーピング禁止薬物であることを知ることができ、必要な手続きを踏むことができました。
私は普段からドーピング禁止薬物かを調べる癖がついているので分かるのですが、身近に入手できるもので、意外とドーピング違反となるものは多く存在しています。
何気なくもらう薬でもドーピング違反になる可能性があるということを忘れてはいけないと思います。
自分の身を守るため、所属ジムに迷惑をかけないため、パワーリフティング競技の価値を下げないためにも、選手は日頃から摂取するものには気をつけなければいけないと改めて感じました。

● TUE申請は、それほど難しいものではありませんでしたが、医師の協力が必須であるため、協力的なドクターへかかりたいと思いました。
たとえ協力的ではなくても、必要なことをしっかりと準備すれば、ドクターにもしっかりと対応していただけるはずです。
もし、これをお読みの方がTUE申請が必要になった場合には臆することなく申請いただきたいと思います。

● JADAとのやりとりが郵送メインであることは手間であると感じました。

10.最後に
今回、身近な選手から相談を受けこのように実際のTUE申請から受理までの過程を知ることができました。
正直なところ、A選手はまだまだ優勝を争えるまでの競技レベルには達していません。
ドーピング検査は成績上位選手が受けることがほとんどです。
受ける可能性はないに等しいから、わざわざ申請する必要もないのでは…と思う方もいると思います。

ですが、「自分は違反行為をしている」という後ろめたさを持ちながら試合に挑むことは選手のメンタルにも響いてきます。
最終的には本人が心配を抱えたまま大会に挑むくらいならきちんとTUE申請をすべきであると考えました。
きっとこの経験は彼がトップ選手になった時に生きてくるはずです。
そして他のパワーリフターの相談に乗れるようになり、よりクリーンで公平な競技活動の推進につながるのではないでしょうか。

全国規模の大会に出場したことがあるパワーリフティング選手はアンチドーピング講習を受けているはずですが、実際にTUE申請をしたことがある選手は極少数でしょう。
パワーリフティングは生涯スポーツです。
サブジュニアからマスターズまで幅広い年齢層の選手が活躍できます。
パワーリフターの皆様には健康を維持しながら長くこの競技を楽しむためにも、サプリメントに関する知識だけではなく、アンチドーピングやTUE申請に関する知識も忘れずにいてほしいです。

11.参考資料
● JADAクリーンスポーツアスリートサイト(https://www.realchampion.jp/
● 日本アンチドーピング機構(https://www.playtruejapan.org/

◆コラム執筆者

福島未里(ふくしまみさと)
静岡県富士市FTGYM所属
FTGYM(https://ft-gym.com/)

ベスト記録
パワーリフティング(ノーギア)
SQ130kg
BP110kg(一般女子57kg級日本記録)
DL165kg
TL405kg(一般女子57kg級日本記録)
シングルベンチ(ノーギア)
112.5kg
ウェイトリフティング
スナッチ70kg
クリーン&ジャーク95kg

2013年度
アジアベンチプレス選手権大会(フルギア) ジュニア57㎏級1位
2014年度
世界ベンチプレス選手権大会ジュニア57㎏級(フルギア)2位
2017年度
ジャパンクラシックベンチプレス選手権大会 一般女子57㎏級1位
2018年度
ジャパンクラシックベンチプレス選手権大会 一般女子57kg級1位
2019年度
世界ベンチプレス選手権大会 一般女子57kg級 5位
ジャパンクラシックパワーリフティング選手権大会 一般女子57kg級1位
ジャパンクラシックベンチプレス選手権大会 一般女子63kg級1位
2021年度
ジャパンクラシックベンチプレス選手権大会 一般女子57kg級2位

保有資格
日本スポーツ協会認定アスレティックトレーナー
NSCA公認CSCS
健康運動指導士
柔道整復師

このエントリーをはてなブックマークに追加

関連する記事