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妊婦スポーツの安全基準

SBDコラムニストの福島未里です。
1月に出産し、久しぶりのコラムになってしまいました。

妊娠期間中、初期はまだ良かったものの、後期になるにつれ椅子に長時間座ることが辛くなりました。
また、お腹が大きくなったことの息苦しさで集中力が保てなくなり、正直、自分自身妊娠というものを甘く見ていた部分があるなと反省しております。

さて、日頃からトレーニングやスポーツに取り組む女性が妊娠した際に、どこまで運動が許されるのかわからない部分も多いでしょう。
私も実際そうでした。
現在、日本臨床スポーツ医学会産婦人科部会から妊婦スポーツの安全管理基準(2019)が示されています。
今回はこれを紹介したいと思います。

1.妊娠後期の自分
妊婦の不快症状にはさまざまなものがあり、頻尿・腰痛・寝苦しさ・便秘など多くの妊婦に現れます。
実際に自分が感じたのは、背部痛・尿もれ・肋骨間の痛み・息苦しさです。
特に辛かったのが背部痛と肋骨間の痛み。
お腹が大きくなり、アライメントの変化からくる背部痛は、椅子に座っての作業を長時間続けると顕著に現れました。

肋骨間の痛みは肋間神経痛のようにジクジクと痛み、ストレッチしたり体を動かしたりすると少し良くなりますが寝る前によく痛み出し、寝つきが悪くなりました。
下からせり上がってくるお腹に圧迫された肋骨が症状を引き起こしているようです。
その場では少し楽になっても、お腹が大きい間は完全になくなることはないだろうと自分のなかで受け止めていました。
実際に出産を終え、肋骨の痛みは完全になくなりました。

背部痛は楽になったと思った矢先、授乳の前傾姿勢で同じ様な痛みが出始めました。
絶対安静を言われる妊婦さんもいながら、自分は比較的健康的な妊婦生活を送れていたと自覚しています。
ですが、日常生活の中で苦しいな、辛いなと思うことがあると何もしたくなくなってしまう事がありました。
妊娠初期に「できる限り運動もして、仕事もやるぞ!」と意気込んでいたマタニティライフとは違った部分も多く、やはり理想と現実は遠いものだったなと実感しています。

出産10日前の姿勢

授乳時の姿勢

2.妊婦スポーツの安全基準
妊娠中の不快感でストレッチや運動で良くなるものも多く、改めて体を動かす必要性を感じていました。
もちろん体を動かす必要性は感じているけれど安全性が心配という声も聞きます。
現在、日本臨床スポーツ医学会産婦人科部会から妊婦スポーツの安全管理基準(2019)が示されており、基本的にはこれに従って運動進めていくのが良いでしょう。
(ただし、アスリート基準ではありません)

近年、高齢妊娠やハイリスク妊娠が増加していることもあり、2005年以来の改訂となりました。
参考欄に紹介する内容の全文のリンクを記載しておきます。
今回は抜粋して紹介していきますが、紹介したもの以外にも詳しく記載されていますので、ぜひご一読ください。

母児の条件
現在の妊娠経過が正常で、かつ以下の条件を満たしている
1)後期流産・早産の既往がないこと.
2)偶発合併症、産科合併症がないこと.
3)単胎妊娠で胎児の発育に異常が認められないこと.
4)妊娠成立後にスポーツを開始する場合は、原則として妊娠 12 週以降であること.
5)スポーツの終了時期は、異常が認められない場合には、特に制限しない.

妊娠中のスポーツで特に注意しなければいけないことは、子宮収縮の誘発と子宮胎盤血流量の減少です。
子宮収縮は流産・早産のリスクになり、子宮胎盤血流量の減少は胎児発育が障害される原因となるためです。
元々この2つを発生しやすい状況にある妊婦はそもそもスポーツを行うべきでないとされます。
現在の妊娠経過が正常であることがまず基本的な条件になるので、妊婦健診時に異常がないかどうか産科主治医にしっかりと確認しましょう。
あわせて、自分が行なっている運動についての情報を共有しておくと安心です。

4)の『原則として妊娠12週目以降』という記述ですが、自然流産は全妊娠の10〜15%に発生し、多くは妊娠12週未満に起こります。
大部分は胎児の染色体異常など胎児からの要因と言われていますが、妊娠初期に激しいスポーツをした場合、流産率が高くなることが報告されています。
ただしこれは妊娠成立後にスポーツを始める場合です。
妊娠前から継続しているスポーツの場合はある程度運動強度を制限することで、流産率や先天異常の頻度に影響がないことも報告されています。
そういう意味では妊娠を意識している女性は妊娠中の健康維持のためにも、早い段階で何か運動を始めて習慣化できるといいでしょう。

妊娠がわかることが多いのが妊娠検査薬が反応する5週目以降。
私は実際に病院へ受診したのが8週目。
5週目前までに妊娠がわかる人は体外受精で妊娠された方以外ほとんどいないはずなので、妊娠に気が付かず、普段と同じようにトレーニングをしてしまった、と心配される方もいるのではないでしょうか。
万が一そのような状況になったとしても、先に述べたように大部分は染色体異常が原因とされていますので、必要以上に運動を恐れる必要はないと思われます。
ただし、妊娠を希望しながらスポーツを継続する場合や、妊娠している可能性が少しでもある場合は、普段通りの練習であれば問題ないと思いますが、妊娠を阻害するような過度な運動(エネルギー摂取量を超える高負荷)は避けるようにすべきです。

環境
1)暑熱環境下で行うものは避ける.
2)陸上のスポーツは、平坦な場所で行うことが望ましい.
3)高地の低酸素環境下での運動は順化していない場合は避ける.
4)減圧環境は避けるべきである.

通常のトレーニングジムでの環境であれば特に問題ないと思いますが、体温の著しい上昇は、妊娠初期であれば先天異常の原因となるとされています。
大手のスポーツクラブや全国展開されている24時間ジムなどであれば空調はきちんと管理されていることが多いですが、昔ながらの個人経営のジムはそうではない場合もあります。
私の所属するFTGYMも空調が整っていないので、自分の体調の変化に気をつけてトレーニングを実施しました。
他の環境要因としては、転倒のリスクを減らすこと、子宮への血流量を減らさない環境で行うことが望ましいでしょう。

メディカルチェック
1) スポーツを行なっていることを産科主治医に伝えること.
2) スポーツ前後に心拍数を測定し、スポーツ終了後には子宮収縮や胎動に注意すること.

立ちくらみ、頭痛、胸痛、呼吸困難、筋肉疲労、下腿の痛みあるいは腫脹、腹部緊満や下腹部重圧感、子宮収縮、性器出血、胎動減少・消失、羊水流出感などの症候が現れた場合はただちに中止し、必要に応じてスポーツ・運動の継続について産科主治医に相談しましょう。
人によって妊娠状況は異なるので、何かあった時の対応のためにも主治医と情報共有をしておくべきです。

運動強度
1)心拍数で150bpm以下、自覚的運動強度としては「ややきつい」以下が望ましい.
2)連続運動を行う場合には、自覚的運動強度としては「やや楽である」以下とする.

運動時に骨格筋などの筋肉への血流量増加に伴い、内臓器への血流量が低下し子宮胎盤循環不全や胎児低酸素症が発症する恐れがあること、母体の体動などにより子宮収縮が増加する恐れがあることが問題としてあげられます。
国内のデータではトレッドミル運動負荷試験時の胎児心拍数の変動は、運動負荷強度が 70%を超すと胎児心拍数に軽度の除脈あるいは頻脈が出現することが報告され、妊婦の陸上でのスポーツ活動の安全限界として運動強度は最大酸素摂取量の70%以下、母体心拍数として 150bpm 以下にすることが望ましいとされています。

最近では心拍測定デバイスも普及し、手軽に心拍数を測定することができます。
私はApple Watchを使用し、心拍をモニターしながらトレーニングをしました。
デバイス等がない場合、自覚的運動強度を用いて推測することができます。
自覚的運動強度はREP(rate of perceived exertion)とも呼ばれます。
パワーリフターであれば馴染みのある方もいるでしょう。
RPEとは運動時の主観的負担度を数字で表したもので、Borg Scale が代表的です。
(こちらはパワーリフターに馴染みがないかもしれませんが)Borg Scaleは数字を 10倍するとほぼ心拍数になるように工夫されています。

自覚的運動強度の指標(Borg Scale)

自分の現状と照らし合わせてこの基準を参考にすることで、自分自身の不安を最小限にした状態でトレーニングに取り組むことができました。
元々高強度でスポーツを行なっていた妊婦であれば、強度的には低く感じると思います。
やらない方がストレスが溜まる人もいるはずです。
基準以上のトレーニングが必ずしも赤ちゃんに悪影響を及ぼすわけではありませんので、妊娠経過・運動中の体調の変化をしっかりと確認しつつ、問題ない様であれば強度も少しずつ引き上げるのも良いと思います。

3.最後に
妊娠中に株式会社WIS認定の〈産前産後アスリートサポートスペシャリスト〉という資格を取得しました。
この資格は妊活中・妊娠中・産後~競技復帰までの期間に、女性アスリートが安心してトレーニングに臨めるようにサポートするための知識を取得できます。

前回のコラムでも触れましたが、こうして色々な情報が出ているなかでまだまだ妊娠中のトレーニングに関して心配される方が多いです。
赤ちゃん対して無責任にトレーニングをしているわけではなく、私はきちんと勉強したうえで取り組んでいます、と声を大にして言えるようになったのは資格を取得して良かったことの一つです。
こちらの資格に興味のある方はホームページを覗いてみてください。
https://www.women-in-sports.jp/lp/mom_athlete_support_specilalist
また、サポートを受けてみたい方はこちらから詳細を確認できます。
https://www.women-in-sports.jp/lp/postmaternity

出産を終えて、確実にトレーニングが出産時のダメージを最小限にしたと感じています。
産後の回復も早い気がします。
産前産後のトレーニングをアスリートだけでなく、QOL向上のために一般女性にも広めていくべきだと改めて感じました。
そして、自分自身まずは秋頃の地方大会出場に向けてトレーニングを再開していきます。

4.参考
・妊婦スポーツの安全管理基準(2019)https://www.rinspo.jp/files/proposal_28-1-01.pdf

◆コラム執筆者

福島未里(ふくしまみさと)
静岡県富士市FTGYM所属
FTGYM(https://ft-gym.com/)

ベスト記録
パワーリフティング(ノーギア)
SQ145kg
BP113kg(一般女子57kg級日本記録)
DL165kg
TL423kg(一般女子57kg級日本記録)

2013年度
アジアベンチプレス選手権大会(フルギア) ジュニア57㎏級1位
2014年度
世界ベンチプレス選手権大会ジュニア57㎏級(フルギア)2位
2017年度
ジャパンクラシックベンチプレス選手権大会 一般女子57㎏級1位
2018年度
ジャパンクラシックベンチプレス選手権大会 一般女子57kg級1位
2019年度
世界ベンチプレス選手権大会 一般女子57kg級 5位
ジャパンクラシックパワーリフティング選手権大会 一般女子57kg級1位
ジャパンクラシックベンチプレス選手権大会 一般女子63kg級1位
2021年度
ジャパンクラシックベンチプレス選手権大会 一般女子57kg級2位
2022年度
ジャパンクラシックパワーリフティング選手権大会一般女子57kg級1位

保有資格
日本スポーツ協会認定アスレティックトレーナー
NSCA公認CSCS
健康運動指導士
柔道整復師

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