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山川太希選手インタビュー(日本重量級が誇る若きデッドリフターが誕生するまで)

皆様お元気でしょうか?
SBDコラムニストの佐名木宗貴です。

新型コロナウイルスの関係で様々な情報が日々流される中、実際に感染された方もいらっしゃるでしょうし、感染するのではないかと不安になり、仕事や学校、また日常生活にも支障が出た方もいらっしゃることでしょう。

またスポーツクラブや公共のトレーニング施設でも閉鎖・休館が相次ぎトレーニング環境が一変してしまった方も多いかと思います。スポーツ界でも国内外で様々なイベントが中止や延期となり今は落ち着いてスポーツを楽しむ事もなかなか出来ないのが現状だと思います。

しかし怖い怖い、不便だ不便だと不満を口にしても、あの時こうすれば良かったあいつはあの時こう言ったと誰かを悪者にしたところでウイルスは去ってくれませんし病気も消滅するものではありません。

一つ分かっているのは「元気で体力がある人は感染しても重症化しない」という事です。そして実際に感染し入院した方も既に沢山の方が退院し日常生活に戻っているという事です。

もちろん持病を持っていたり、ご高齢の方は注意が必要です。そしてそれ以外の方も他人にうつさないよう注意が必要です。しかしこれは本来であれば普段の風邪やインフルエンザでも本当は同じように注意しなければならない事です。

 
私の実家にも90を過ぎた祖母がいますが、たとえ自分が実家に行きたい用事があっても風邪をひいていたら祖母にうつさないように自粛するでしょう。また自宅には小学生と中学生の子供と妻がいます。帰宅して家族とゆっくりしたいと思っていても自分がインフルエンザに感染していたら家族とは生活空間を別にしてうつさないように努力するでしょう。それと同じことを社会全体で出来るのかどうかだと思います。

今回は感染力が強く、治療法も無い未知のウイルスなので必死に対策をすると思いますが、毎年流行るインフルエンザだってお年寄りがかかれば命に関わりますし、たとえ命に別条のない健康な人だとしても他人から病気をうつされるのは誰だって迷惑なのです。

このウイルス騒動から学ぶべきは、我々人間は目に見えない細菌やウイルスを含む自然と共に生き、免疫や抵抗力をつけることで共存が出来るという事。そして身体の弱っている人やお年寄りを大切にし、病気やウイルスを近付けないように努める事は人間として当たり前に持ち合わせていなければならない「気遣い」という名の「社会性」である事。

自分自身が健康であろうとし、他人に迷惑をかけないようにする。普通の社会生活を営む上での常識に立ち返るべきかと私は思います。

ご報告①:卒業生

それでは今月もご報告からです。
私が監督を務めます関西大学学生S&Cをここまで引っ張ってきてくれた4回生3人がめでたく卒業となりました。

新型コロナウイルスの関係で卒業式も卒業生以外は学内に立ちいる事が出来ない形で行われる事から、今年は卒業式前日に追い出しコンパならぬ追い出しスクワットを後輩達が企画し筋肉痛と記念品をプレゼントしました。



主将の藤井は過去のコラムでも度々紹介していますがこの部活の立ち上げ当初から中心として活躍してくれて体育会クラブへの指導や測定補助は勿論の事、フィジークやパワーリフティングの大会でも活躍し部を牽引してくれる存在でした。

主務の古橋も藤井と共にこの部活の基礎を作ってくれた立役者でチームのムードメーカーとしてベンチプレス大会や各種測定会では欠かせない存在として大いに盛り上げてくれました。

若林はアメフト部のサポートを2年間頑張ってくれて、パワーリフティングの大会にも積極的に参加し国体に出場するなど結果を残してくれました。

3人のうち誰か1人でもいなかったら今の部は無かったでしょう。本当に感謝しています。社会人となっても人と人との繋がりを大切にして社会に貢献できる良き人材となってくれることを期待します。

ご報告②:大会延期と近況

続きまして私事ですが、2月に出場を予定していた台湾で行われるアジアパシフィック選手権が8月に延期になったのは先月ご報告させていただいたかと思いますが、その代わりにとエントリーしていた4月末に南アフリカで行われる予定だった世界マスターズ選手権も延期となってしまいました。開催時期は10月頃となっていますがまだ正式な発表はありません。

国内の地方大会もほぼ中止や延期となりここまでの調整の成果を試合形式で発揮する場もありません。そこでちょうど職場のジムがコロナの関係で一時閉館となっていたタイミングで出稽古をして、一旦ピークを確認する事にしました。

1回目は私の古巣である兵庫県西宮市のマッスルプロダクションにお邪魔しました。ちょっと動画が見辛いかも知れませんが、ここではスクワット247.5㎏の自己ベストに成功しました。

これは本来アジアパシフィック選手権に行っていたなら第二試技あたりでやりたかった重量です。またデッドリフトも262.5㎏に成功しています。これもアジアパシフィック選手権の第二試技にやろうとしていた重量です。

2回目は京都府亀岡市にあるエクステージにお邪魔しました。こちらではスクワット255㎏に成功しました。

現在M1-93㎏級のアジア記録が252.5㎏のためアジアパシフィック選手権では第三試技で253kgをやろうと思って準備していたのですがアジアパシフィック選手権が延期になった段階で世界マスターズに照準を切り替えていたので255㎏を第三でやろうと思っていたというわけです。

もちろん世界大会で白3本もらうにはまだまだ精度が低く、ここから調整を進める事で確実に白3本もらえるように作り上げようと思っていました。

デッドリフトは265㎏を引こうとしましたが指が引っ掛かってしまって最後まで引ききれませんでした。しかしミスを減らしていけば重量的には問題ない重さだと思いましたので調整的には悪くなかったと思います。

1月末にも265㎏は引けるようになっていたので、ここからコンスタントに260~267.5㎏を引いて成功率を上げていけば世界マスターズの第三では270~277.5㎏まで挑戦範囲としようと考えていました。

というわけで、試合は延期になってしまったのですが3月上旬に一旦ここまでのトレーニング成果を見る事が出来ました。お世話になりましたマッスルプロダクション、エクステージの皆さん有難う御座いました。また日頃からサポートしてくれる職場の皆さん有難う御座いました。

次の目標は延期となった8月のアジアパシフィック選手権という事になりますが、ちょっと間が空くので一旦ここは無理をせず関節を休めて普段なかなか時間を割く事が出来ない肩や上腕三頭筋、広背筋、ハムストリングスなどパワーリフティング三3種目のパフォーマンスに直接関与するわけではないもののフォームを安定させ、怪我を予防するうえで必要なトレーニングを暫くやって身体を作り直そうと思います。

山川太希選手インタビュー

では今月の本題へと進みます。
新型コロナウイルスの関係で延期となったのは何も国際大会だけではなく、国内のノーギアパワーリフティング最高峰の大会であるジャパンクラシックパワーリフティング選手権大会(以後JCP)も7月に延期となってしまいました。

そこで今回はJCPに向けて1年間準備をしてきた120㎏級のジュニアチャンピオン、山川選手のインタビュー記事としました。

佐名木:では最初に…
なんでベーコンって言われてるんだっけ?

山川:えっ?そこから?
特に理由はないんですが…小学校から呼ばれているあだ名が今でも使われているのでビックリしています。でも人から覚えてもらいやすいのであだ名をつけてくれた先輩に感謝しています。

佐名木:ではここまでのトレーニング歴について聞かせて下さい。

山川:始めてトレーニングをしたのは高校1年の冬でした。野球部に入っていたので冬のトレーニング期間の中で初めてバーベルに触りました。
その後、高校の間は自宅で腕立てや懸垂、ダンベルカールなどを行い、学校では専らベンチプレスに明け暮れていました。ベンチプレスは高3の時に110㎏ぐらいでしたね(体重83㎏)。スクワットやデッドリフトはやった事が無かったです。

高校を卒業して大学で野球を続けるのか?ウエイトをやるのか?迷ったのですが野球が中途半端になるのも嫌だったのでウエイトを選択しました。

大学1年生の時は大学の施設と南風原町の公共施設でトレーニングをしていて、内容はボディビル的なものでした。とにかく身体を大きくしたいと思ってやっていました。
この頃はじめてスクワットやデッドリフトにも取り組み始め、スクワットは140㎏ぐらい、デッドリフトは180㎏ぐらいがあがっていました。

最初は脚が太いのがコンプレックスだったんですが、大学の施設で出会った先輩に「脚が太いのはボディビルでは良い事だからボディビルをやってみたら?」と誘われ、それから下半身のトレーニングも真面目にやるようになりました。

大学1年の最後の方には体重も93㎏まで増え高校時代よりも全体的に筋量が増えていた事から翌、大学2年の夏にはボディビルの大会に出場する事にしました。

この大会で自分が今まで頑張ってやって来たことがまだまだ十分ではなかったのだと思い知らされてよりトレーニングに打ち込むようになりました。

ここからはどんな形であれ100㎏まで体重を増やそうとトレーニングと増量に励み、その過程でBIG3の挙上重量に拘るようになりました。

そうするうちに南風原町の公共施設で出会ったパワーリフティング関係者の方に勧められて大学3年の4月にパワーリフティングの大会にデビューする事になりました。この時の結果は105㎏級でスクワット245㎏、ベンチプレス145㎏、デッドリフト275㎏、トータル665㎏で2位でした。

その時の1位の方が那覇ジム所属であったため、強い人のいる環境で練習がしたくて夏頃から那覇ジムに入会しました。那覇ジムには同じ目標を持った仲間が沢山いて、一緒にトレーニングする楽しさを知りました。

次に11月の県民体育大会に出場し120㎏級でスクワット270㎏、ベンチプレス162.5㎏、デッドリフト280㎏、トータル712.5㎏で優勝しました。
この時デッドリフトの第三試技で初めて300㎏に挑戦しましたが失敗しました。

そして翌年2月、地元沖縄で開催されたジャパンクラシックパワーリフティング選手権大会に出場して120㎏級(ジュニア)でスクワット270㎏、ベンチプレス155㎏、デッドリフト300.5㎏(日本記録)、合計725.5㎏(日本記録)で優勝しました。

この大会でベンチプレスが全然駄目で不甲斐なく思い、ここからはベンチプレスやオーバーヘッドプレスを増やしてトレーニングしました。また国際大会の代表にもなる事からパワーリフティングの細かいルールも勉強して世界大会に向けて備えました。

そして2018年6月、カナダのカルガリーで行われた世界クラシックパワーリフティング選手権にジュニア120㎏級で出場しスクワット282.5㎏、ベンチプレス170㎏、デッドリフト310㎏(ジュニア・一般の日本記録)、トータル762.5(ジュニア・一般の日本記録)で8位でした。

試合内容としては9試技中8試技に成功して、準備してきたことが出来た内容でした。しかし優勝者の記録が890㎏であったため「今のままで1年後にこの記録を超せるのか?」と世界との差を痛感しました。

世界大会から帰ってきた後は、身体の不調が続き思うようにトレーニングが出来なかったのですが、周囲の方の応援もいただき12月のアジア大会もエントリーする事になりました。

アジア大会へ向けたトレーニングは特別な事は出来なかったので何とか世界大会で出した記録まで戻そうと必死でした。
その結果、120㎏級(ジュニア)でスクワット280㎏、ベンチプレス162.5㎏、デッドリフト305㎏でトータル747.5㎏で優勝しましたが、パワーリフティングを始めてから、初めて記録を伸ばせない大会となりました。

アジア大会後も身体の調子は良くなく1ヶ月ほどトレーニングが出来ない状態が続き、2月のジャパンクラシックパワーリフティング選手権大会(茨城)はキャンセルしようとも思ったのですが、学生時代最後の大会であったため無理をしてでも出ようと思いエントリーしました。

ジャパンクラシックではスクワット290㎏、ベンチプレス165㎏、デッドリフト305㎏、トータル760㎏で2位(ジュニアは優勝)でした。アジア大会よりも記録を戻す事は出来ましたが不完全燃焼に終わりました。

佐名木:一気に学生時代4年分も振り返ってくれてありがとう(笑)
このまま社会人1年目も振り返ってくれていいかな?

山川:茨城のJCPの後は暫く大会に出るのは控えてトレーニングを積みなおそうと考えていました。全てのトレーニングをノーベルトでやり直し重量も落として、今までとは違う刺激を身体に入れようとしました。

4月からこっち(大阪)に来て同じようにトレーニングを積んでいましたが学生達と触れ合ううちに一緒に大会に出たくなり7月の近畿クラシックパワーリフティング選手権に向けて準備を始めました。しかしその準備段階で前年に痛めていた股関節を再度痛めてしまい近畿への出場は断念しました。

そこからは一旦デッドリフトを中断してスクワットも全てフロントに切り替えました。2ヶ月ほどデッドリフトとバックスクワットを中断したお陰で7月の中旬には股関節もかなりマシになったところでSBDコラムニストの栗原さんのジム「MasterMind」のデッドリフト大会にゲスト兼セミナー講師として呼んでいただけることになり、3週間ほどデッドリフトを再開してゲストに臨みました。

ここでは280㎏まで引きました。本当はセミナーに来てくださった皆さんのためにも最低300㎏は引きたかったのですがこの時はこれが精一杯でした。

股関節の調子も徐々に良くなって、ここから予定では2020年3月の愛知県でのジャパンクラシックパワーリフティング選手権大会(以下「JCP」)に向けてゆっくりトレーニングを積もうと思っていたのですが、関西大学S&Cの学生達が11月中旬に長野県白馬村で行われるJCPジュニアに向けて調整を始めていたので「近畿に一緒に出られなかったのでこっちに一緒に出よう」と思いエントリーしました。

デッドリフトは徐々に再開していましたがスクワットはギリギリまでフロントで鍛えていて、ちょうど試合の1ヵ月前ぐらいからバックに戻しました。白馬ではジュニア120㎏級に出場し、スクワット280㎏、ベンチプレス172.5㎏、デッドリフト300㎏、トータル752.5㎏で優勝しました。

この大会の感想は「大原君強いな」でした。国内のジュニアで初めて接戦となり「うかうかしてられないな」と危機感を抱きました。

3月のJCPに向けて790㎏~805㎏が狙える準備をしていました。延期が決まるまでの練習ベストはスクワット290㎏、ベンチ185㎏、デッドリフト300㎏まであげていたのでこの辺りが第二試技と想定していました。

最低限今までの自分のベストは越えられる準備は出来ていた、本気で勝ちに行くための準備をしていました。延期となってしまって本当に悔しいです。

佐名木:ここまで準備してきただけに残念だね。
今年に入ってベンチが伸びてるんだけど、どういう練習したの?

山川:今までベンチは週2回だったのを週4~5回にしたのが一番大きいですね。頻度って大事なんだなって思い知らされました。

あと沖縄時代はベンチにそこまで興味が無くて、人にも聞かないし話もしなかったのですが、大阪に来てから佐名木さんや学生S&Cの宮本や宮森と日々ベンチについて話をする中で感覚の部分で成長したんだと思います。

佐名木:デッドリフトもグリップをフックに変えたと思うんですけど何か切っ掛けはあったんですか?

山川:2019年8月のマスターマインドデッドリフト大会まではオルタネイトだったんですが、9月に比嘉善浩選手の結婚式の余興でデッドリフト勝負をした時に色々打ち合わせがあってワイドデッドリフトで勝負したんです。その時にお試しでフックをやってみたところ意外と良くて。取り入れる事にしました。

やり込んでいくうちに肩の力が抜けて腰背部の負担が減るので11月の白馬JCPに向けてフックで調整し上手くいったのでそのまま継続しています。

佐名木:デッドリフトは一番得意とする種目なので、だからこそグリップを変えるというのはリスクも伴う挑戦だったと思うのですが移行はスムーズにいったのでしょうか?

山川:そうですね、フックは両手ともオーバーグリップになり両肩が前に出やすくなるので、そこでバランスを崩さないように注意はしていました。

ルーティンなどは特に変わりなかったので移行は比較的スムーズだったと思います。指の痛みは重量が増していくにつれてやはり痛みがあったので、佐名木さんのコラムでもあった通りフックグリップでベントオーバーロウやルーマニアンデッドリフトなどを補助種目として行い耐性をつけました。

痛みはそんなに変わりませんが自分自身が感じる痛みの閾値が変化していったと思います。

佐名木:ようするに痛みに強くなっていったって事ですね。

山川:そうです。痛いもんは痛いですけど。

佐名木:デッドリフトを強くしたい人へのアドバイスをお願いします。

山川:まずは基本となる普通のコンベンショナルスタイルでしっかり行えるように練習するべきだと思います。更にはルーマニアンを正しく代償動作を出さずに行える事が重要だと考えています。
コンベンショナルをしっかりやり込むことをお勧めします。

佐名木:最後に今後の抱負をお願いします。

山川:まずは一般のジャパンクラシックパワーリフティング選手権大会(以下「JCP」)で優勝したいですね。日本記録も大幅に更新出来るように頑張りたいです。

佐名木:数字的には?

山川:来年のJCPで達成したいのは、スクワット310㎏、ベンチプレス210㎏、デッドリフトは330㎏、トータル850㎏です。

そして日本代表として一般の部で国際大会に挑戦したいです。

佐名木:出来ると思います!頑張ってください!

山川:頑張ります!

【さいごに】

山川選手はまだまだキャリアは浅いものの、そのトレーニングに対する探究心は私が今まで出会ってきた若手トレーニーとは異質なものでした。パワーリフティング3種目に限らずウエイトリフティング種目やストレングスを追求する様々な種目を高いレベルで実践し、プログラムも研究しています。

山川選手からオンラインのパーソナル指導を受けたい場合は下記までDMをお願いします。
Twitter:@Bacon_05410
Instagram:bacon_sc

短いキャリアの中であっという間に日本の頂点まで駆け上がり、世界の重量級という大きな壁を経験し、怪我もして国内での敗北も経験しました。

一昔前なら120㎏級は出場者も少なく国内の大会ではあまり競争の無かった階級でしたが今3月に行われるはずだったJCPのエントリーはなんと19名。そのうち予選トータルが745.5㎏~775㎏までの間に6名いるという混戦階級となりました。

勿論この数字でも世界大会となると一桁の順位が付くのは難しいだろうが、今後彼らが切磋琢磨していく事で必ず日本人が重量級でメダルをとれる日が来ると思う。
そのトップランナーとして山川選手のこれからの活躍に期待しています。

文:佐名木宗貴

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