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スクラムを強くするためにフロントローはどう鍛えるべきか? 後編

読者の皆様、いつもご覧頂き有難う御座います。

さて先月に引き続きマニアックな内容の後編で御座います。

前編でも述べた通り、なかなか踏み込み難い領域ですので、どこまで深入りするかは考えものですが、今月も恐れず奥深くまで進んでいこうと思います。

【下半身の瞬発力と耐久力】

先月号で述べたように現代のスクラムでは安全のために組み合う時の衝撃は最小限となるようにルールが設定されています。

しかしながらその僅かな隙間でも自分の有利な体勢をとる為にHITは行われています。

若しくはスライドインというべきかも知れませんが、多くの選手が今でも「当たる」という言葉がけや意識を持っているのでここではHITという表現をします。

レフリーの「セット」のコールと共に爆発的に脚筋力を発揮し相手にHITして組む事でボール投入前に相手の姿勢を崩す事も可能です。

HITで相手にプレッシャーをかける事で精神的に優位に立つ事も出来るでしょう。

それではこのHIT時の瞬発力だけを求めて脚筋力を高めていけば良いのでしょうか?私の考えではNOです。

何故ならばスクラムはHITして組み合った後にレフリーが、スクラムが安定し静止しているのを確認してからスクラムハーフという9番の選手に合図をしてボールを投入させます。

このボール投入前に押す事はアーリープッシュという反則になります。

つまりHITで一度瞬発力を発揮した後に、後ろからも前からも負荷を受けた状態で一旦静止し、その後ボール投入のタイミングに合わせてまた脚筋力を発揮するわけです。

HITしてからボール投入まではおおよそ4秒から6秒程ですが、一方がHITで勝ち過ぎたり負け過ぎたりしてスクラムが動いてしまった場合はレフリーが「それ以上押さないで!止まって!」という声をかけて、それに反応してスクラムが一旦止まってボールが投入されるまでに10秒程かかる時もあります。

このスクラムが止まっている時に、いつでも押せる体勢が取れているかどうかが重要なのですが、理想はおおよそ股関節・膝関節共に90度に近い屈曲位が保たれた状態から再度脚筋力を発揮する事になります。

当然スクラムにも色々なシチュエーションがあり、ボールの獲得を狙い一気に押し切るような場合もありますし、マイボールをキープするためにひたすら耐えて、押す事よりも押されない事にフォーカスするべき時もあります。

ウエイトトレーニング的に言うとアイソメトリックな筋力発揮も必要ですし、エキセントリックな負荷に耐える筋力も必要です。

先に述べたHITでの爆発的な脚筋力発揮でも実はその前の「バインド」のコールで相手と組み合い、姿勢を作る際に相手に体重を預け合い、有利な体勢からHIT出来るように様々な駆け引きが行われ、既に身体にはある程度の負荷を受け、耐えながらレフリーのコールで一気に力を解放するように力を発揮する様な組み方もあります。

なかなか文字で説明する事が難しいところですが、とにかく瞬発力と耐久力、この両方を追及する事が私は必要だと思います。

【パワーリフターに御馴染のアレ】

ここまで書くとパワーリフターなら誰しも頭に浮かぶトレーニング方法がありますよね。そうですスクラムにはスクワットのSTOP&GOが有効だと思われます。

先に述べたようにHITしてから安定して、ボール投入後に再度押すというイメージで行うためにも通常のパワーリフティングのSTOP&GOよりも少し長めに5秒程止めて挙げる方法が良いでしょう。

またパワーリフティングでは試合試技を想定して、膝関節よりも股関節が下がるまでおろして止める方法で行う事が多いと思いますが、スクラムに対応する為にはフルボトムまで下げ切らず、膝関節90度で止めて耐えて挙げる方が有効だと思います。

更にはスクラムでは膝関節が伸び切ってしまうと前のめりに倒れて崩れてしまうので、完全に立ち上がらずノンロックで行う方法も良いでしょう。

どうですか?考えただけで吐きそうでしょう。

更に更にスクラムでの不安定感を再現しようと思えばバーベルの両端にゴムバンドでケトルベルやプレートを吊るして行うインスタビリティ・スクワットでSTOP&GOを行うのも良いでしょう。

色々な考え方がありますが、私の場合はこのスクワットではベルトは使用しない方が良いと考えています。

脚筋力を発揮する前提として腹圧を高めバランスを取り姿勢を保つ事も含めてエクササイズが完成すると思うからです。

脚だけを鍛えたいのであればベルトをすれば良いと思います。

【バーベルトレーニングで何が出来るのか?】

中には「ジムの中でスクラムを再現しなくてもスクラムを組みまくれば良いじゃないか!」と言う人もいるでしょう。

実はその通りです。スクラムを強くするにはスクラムを組みまくるのが一番の早道だと私も思います。

それは他のスポーツでも同じ事です。柔道で使う筋力を強化するには自分よりも力が強く体重の重い選手と乱取りを繰り返すのが一番早道です。

相撲だってレスリングだってアメリカンフットボールのライン選手だって同じでしょう。

しかしそれは相手がいないと出来ないトレーニングです。

また自分よりも重くて強い相手を探さないといけません。勿論相手も反撃するから危険度は高くなります。

しかしジムの中で再現出来れば一人でも行えます。弱小チームでも合同チームでも誰でも安全に強くなる事が出来ます。ですから私は競技得意性を考えて出来る限り柔軟にアレンジを考えます。

ウエイトはウエイト、スキルはスキルと区別するのは仕事としては簡単ですが、出来る限り競技動作に近づけたアレンジが出来るなら工夫してあげればよいと思います。それは邪道とかベーシックを大事にしていないって事とは違うと思います。

競技選手は当たり前ですが、自分の行っている競技でパワーアップしたくてジムに来ています。そこをはき違えてはいけません。

ウエイトトレーニングは単なる一手法です。

【姿勢を保持する能力】

話を戻しますが、スクラムで脚筋力以上に重要なのは姿勢を保持する能力です。

所謂「タイカンの強さ」というやつですが、私は普段あまりこの「タイカン」という単語を使わないのですが、今回は説明しやすいように「体幹部の支持力」という形で使います。

この「タイカン」という言葉をあまり使わない件に関しては先日のセミナーでも質問があったので、また別の機会にお話しします。

さて姿勢を保持するために必要なのは体幹部の支持力です。

最初は誰でも出来る導入編として、自重でのプランクから始めます。

しかしそれは単なる導入で体幹部を固める意識を持たせる事や筋肉の使い方を学習する段階で丁度良い強度だからです。

スクラムに対応しようと思うなら、更にウエイトを乗せるなどして強度を増していかねばなりません。

更にそこからは体幹部を固めたままスクラム姿勢を取るように移行していきます。

 

最終的には体幹部を固めたまま脚筋力を発揮して、また止めて固定してを繰り返す耐久力を養います。

体幹部の支持力を養成する方法は、動かないトレーニングだけではありません。

レスリングや柔道、或いは打撃系の格闘技等も、組み合い、押し合い、引き合い、殴り合い、蹴り合い、色々相手に攻撃を与える中で、相手に体勢を崩されそうになるのに耐えたり、相手から打撃を受けるのに対して身構える等の緊急性のある咄嗟の反応を繰り返す中で実践的に養われていくという方法も良いと思います。

【1番と3番】

ここまでプロップを一括りに説明してきましたが、実はルースヘッドプロップとタイトヘッドプロップでは微妙に必要とされる役割が違います。

名前の通りルースヘッドプロップは右側しか相手と組み合っていないのに対して、タイトヘッドプロップは相手のルースヘッドプロップとフッカーに挟まれる形で組合う事になります。

当然求められる能力もスキルも微妙に違います。

個々の体型やチームとしての組み方、様々なシチュエーションによって違うようですが、大雑把に言うと、ルースヘッドプロップはタイトヘッドプロップの姿勢を浮き上がらせ押される事に耐えられない様にすれば勝ちです。

逆にタイトヘッドプロップは相手ルースヘッドプロップを抑え込み、或いはフッカーとのバインドを分断するように攻め、浮かずに良い姿勢で押し込めればスクラム全体の押す方向をコントロールする事が出来ます。

つまりルースヘッドプロップはより背筋力が強い方が有利となりますし、タイトヘッドプロップは姿勢を崩さないバランス能力と下半身の柔らかさ、そして何よりも体重が重い事が一番の武器になります。

【一番重要な事は除脂肪体重の増加】

スクラムだけを考えた場合、なんと言っても体重が重い方が有利です。

しかしラグビーはスクラムだけで勝敗が決まるわけではなく前後半合わせて80分間走り続けるフィットネスも必要です。

当たり前の話ですがスクラムを強くするために体重を増やしても走れなくなってしまっては意味がありません。

全てのスポーツ選手の基本ですが、無駄な重りとなる体脂肪は出来るだけ除去し筋肉で体重を重くする事が重要です。

その為にも定期的に体脂肪率を出来る限り正確な方法で測定する必要があります。

そして体重の増加と共にフィットネスが低下していないかを、何か指標となるテストでチェックしながら計画的に進めていく事が重要です。

身体を大きくする事に時間を割くことが出来る、オフシーズンに「太っても良いからとにかく体重だけ増やせ」と言った指示をしているコーチもいますが、体重増はそんなに大雑把なやり方では良い結果は生まず、逆に選手の身体を壊す要因となってしまします。

しっかりと計画を立てて取り組む事が重要です。

【まとめ】

大変長くなってしまいましたが要点を纏めますと。

スクラム強化を意識したプロップ選手に対するトレーニングでキーワードとなるのは①体幹部の支持力、②脚筋力(瞬発力・耐久力)、③相手が嫌がる上半身作り、④筋肉での体重増加。

この4つです。

先にも述べましたが当然スクラムもラグビーのセットプレーの一つに過ぎません。

スクラムで勝っても試合に負ける事もあるでしょう。

ですので、勿論スプリントや他のプレーも想定した総合的なトレーニングを積むべきなのは言うまでもない事です。

そのうえでポジション特性を考えてプログラムの内容をどこまで特化させるかはその選手個人の課題、或いはチームとしての優先度等も加味してS&Cコーチはデザインすべきだと思います。

2回にわたり、非常にマニアックな内容ではありましたが、ラグビーに関わるS&Cコーチの皆様方がアイデアや考えを作り出す一つの切っ掛けとなれば幸いです。

そしてラグビーのスクラムをあまり意識して見た事の無かったウエイトトレーニング愛好者の皆様方が今後ラグビー観戦をなさる時に、少し今までと違った楽しみ方が出来れば嬉しく思います。

 

 

■コラム執筆者

佐名木宗貴
ベスト記録(ノーギア)
スクワット 241kg
ベンチプレス 160kg
デッドリフト 260kg

戦跡
パワーリフティング
・全日本教職員パワーリフティング選手権 90kg級 優勝
・2009~2012年 近畿パワーリフティング選手権 4連覇 75・82.5・83・90kg級4階級制覇
・ジャパンクラッシックパワーリフティング選手権大会 83kg級 準優勝
・アジアクラッシックパワーリフティング選手権大会 83kg級 優勝
・東海パワーリフティング選手権大会 93kg級 優勝

ボディビルディング
2000~2001年  関東学生ボディビル選手権 2連覇
2000年     全日本学生ボディビル選手権 3位
2011年     日本体重別ボディビル選手権70kg級 3位
2011年     関西体重別ボディビル選手権70kg級 優勝

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