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国スポ山梨予選から、初めての世界選手権へ

このたび、SBD Apparel Japan のSBDコラムニストに就任いたしました。

石川葵と申します。

自己紹介をさせていただきます。
私は2021年にパワーリフティング競技を始め、現在-83kg級で活動しています。

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石川葵[いしかわ あおい]
男子 83㎏級パワーリフター、スクワット日本記録、アジア記録保持者

2024年
全日本パワーリフティング選手権(ジュニア)優勝
アジアパワーリフティング選手権大会(ジュニア)優勝
2025年
全日本パワーリフティング選手権 2位
83㎏にて史上初のスクワット300㎏成功
アジアパワーリフティング選手権 3位
2026年
全日本パワーリフティング選手権 3位
世界クラシックパワーリフティング選手権 12位(初出場)

山梨県グランディール所属。競技歴5年。
公式記録(ノーギア)
スクワット305kg、ベンチプレス170kg、デッドリフト287.5kg、トータル762.5kg。

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◆パワーリフティング開始のきっかけ

中学から高校までの6年間はサッカーに打ち込みました。高校最後の試合、冬の選手権に向けて必死に取り組む毎日を送っておりました。しかし高校最後の選手権直前に怪我を負ってしまい、最後の大会はベンチ外からチームを見守ることになりました。
悔しさ、怒り、やるせなさ。その時に抱えた感情をなにかにぶつけたい。そうして始めたのが筋トレでした。

高校卒業後は独学でトレーニングを続ける日々。そんな中、専門学校時代に偶然一緒に通う友人が見かけたパワーリフティングジム「グランディール」へ体験に行ったことが、人生の大きな転機になりました。
そこで現在の師匠であり、ジムオーナーの山口さんと出逢い、パワーリフティングの奥深さと魅力に日々惹き込まれていきました。現在も山口さんとグランディールの会員さんたちと共にトレーニングを続けています。

競技を始めてからは、数々の怪我に見舞われながらも自分の限界に挑戦し続け、2025年には-83kg級日本人初となるスクワット300kgを達成。
そしてその挑戦を支えてくれたのが、数あるプロ仕様のニースリーブではなく、長年愛用してきたSBDのニースリーブでした。

もともと競技者として以前からSBD製品を購入・着用していたこともあり、このたびSBDコラムニストとして活動させていただけることを非常に光栄に思っております。

今後は、競技経験やトレーニングを通して得た知識だけでなく、挫折や葛藤、挑戦することの面白さも含め、自分らしい言葉で発信していきます。

そして将来的な目標としては、「SBDといえば石川葵」と言っていただける存在になること。
次世代の競技者として、パワーリフティング界、そしてSBDを背負っていけるよう、邁進していきたいと思います。

そんな私ですが、競技人生初のクラシック部門世界選手権へ出場して参りました。今回はその世界へ向けての取り組みについて執筆しましたので是非ご覧いただければなと思います。

◆国スポ山梨予選から、初めての世界選手権へ

国スポ山梨予選を終えてから、初めて挑戦する世界選手権までの期間は約1か月。この短い期間で「より最高の準備をすること」と「コンディションを崩さないこと」の両立が最大のテーマでした。

今回のトレーニングはコーチと相談し3分割で組みながらも、すべてのメニューにスクワットを取り入れました。世界選手権ではスクワットで表彰台を狙うつもりでどこまで通用するのか知りたいという考えがあったからです。スクワットの重量だけでなく、フォームや再現性、世界基準の深さまで意識しながら、毎回の練習で精度を高めていきました。そしてSBDの新作の撮影を兼ねて東京のTXPでの練習の際、実際去年一昨年の世界選手権を経験したあゆと選手からの助言を受け入れてスクワットの深さに対してのフォームの変更、見直しをしました。今思えばこの時にあゆと選手からの助言がなければたとえ立てたとしても成功することはなかったのだと思います。

トレーニングは1日おきに行い、重めの日、ポーズの日、軽く高回数な日などボリュームを管理しながらも高い質を維持しながら積み重ねることを徹底しました。

その結果、これまでは週2回程度の実施であったスクワットが、これまでにないほど高い完成度となり、背中にはバーベルの跡がくっきりと刻まれるほどでした。それだけスクワットと向き合い続け、耐え抜いた1か月だったと言えます。

一方で、最も苦労したのは疲労管理です。スクワットを高頻度で行う分、身体への負担は想像以上でした。だからこそ、毎朝・毎晩のセルフケアを欠かさず、行きつけの整体でカッピングや電気など身体のバランスを整え、温泉で疲労を抜くなど、トレーニング以外の時間にも、いや、それ以上に多くの力を注ぎました。その積み重ねのおかげで、大きな怪我をすることなく世界選手権まで最高の身体、最高の精神状態をもってくることができました。

国スポ山梨予選では、スクワット290kg、ベンチプレス170kg(自己ベスト+2.5kg)、デッドリフト282.5kgを記録。そして迎えた初めての世界選手権では、スクワット305kg(自己ベスト+2.5kg)、ベンチプレス170kg、デッドリフト287.5kgを成功させました。

世界選手権では、第3試技のデッドリフト300kgにも挑戦しました。成功すればさらに大きな記録更新となる一番でしたが、あと一歩のところで惜しくも失敗。しかし、それ以外の試技はすべて白3本判定で成功させることができました。世界最高峰の舞台、そして世界基準の厳しい審判のもとでも、自分のフォームや試技がしっかり評価され、通用したことは大きな自信につながりました。

特にスクワットでは305kgを成功させ、自信が持つ日本記録、アジア記録の更新を世界の大舞台で成せたのはこの1か月の取り組みが間違っていなかったことを証明してくれた結果だと感じています。スクワットで表彰台を目指して積み重ねてきた日々は、確かな形となって結果に表れました。一方で、惜しくも届かなかったデッドリフト300kgは、次の目標、課題として残りました。

また、今回の世界選手権で何より大きな収穫だったのは、世界のトップ選手たちを間近で見て、実際に言葉を交わせたことです。映像では伝わらないウォーミングアップの組み方や試合への入り方、一つひとつの所作、そして競技に向き合う姿勢。そのすべてに世界との差を感じる一方で、「この舞台で戦える」という確かな手応えも得ることができました。世界のトップ選手も特別な存在ではなく、日々の積み重ねを誰よりも徹底しているからこそ強い。そのことを肌で感じられたことは、自分にとって記録以上に価値のある経験でした。

この1か月で改めて実感したのは、「強くなるのはトレーニングだけではない」ということです。追い込む勇気と同じくらい、身体を回復させる努力も重要でした。トレーニング、栄養、睡眠、そして日々のセルフケアや整体、温泉でのリカバリー。そのすべてが噛み合って初めて最高のパフォーマンスにつながること。また、長時間のフライト、現地での食事、コンディション作り、素晴らしいセコンドなどなどその他多くの事柄があってこその結果で、改めてチームスポーツだなと感じました。

最初で最後の世界だと思い臨みましたが、あの熱狂を、世界トップの選手たちと共に争いたい…。来年の世界選手権に出場することを決めたそんな瞬間でもありました。そのため来年の世界では、BグループではなくAグループの選手として世界のトップと同じ舞台で戦うことを第一目標に。そして最大の目標は「表彰台に乗ること」ではなく、スクワットで世界一を獲ることです。

今回の世界選手権で得た経験は、来年のため、日々の生活、生き方にまで多くの影響を及ぼす大切な財産です。この1年間は、今回以上に日々のトレーニング、コンディショニング、疲労管理、そして技術練習まで、一つひとつの取り組みをさらに入念に積み重ねていきます。

初めての世界選手権はゴールではなく、本当のスタートでした。来年はAグループの舞台で世界のトップと真っ向から勝負し、スクワット世界一を目指して挑戦を続けます。

最後までご覧いただきありがとうございました。

◆コラム執筆者


石川 葵(いしかわあおい)
山梨県グランディール所属
【パワーリフティング(ノーギア)ベスト記録】
スクワット 305kg(一般男子83㎏級日本記録、アジア記録)
ベンチプレス170kg
デッドリフト287.5kg
トータル  762.5kg
【大会成績 83㎏級】
2024年 全日本パワーリフティング選手権(ジュニア)優勝
2024年 アジアパワーリフティング選手権(ジュニア)優勝
2025年 全日本パワーリフティング選手権 2位
2025年 アジアパワーリフティング選手権 3位
2026年 全日本パワーリフティング選手権 3位
2026年 世界クラシックパワーリフティング選手権 12位

 

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